退屈人生の野放図生活

退屈人生の野放図生活

高卒就活で2社であきらめたボッチフリーター(2年目)のマツロ??

兄が異動のため一人ぐらしをすることになりました

 タイトル通りで、兄が仕事の関係で少し遠い県で一人暮らしすることに。

実の兄が実家を旅立って行ったということを改めて考えるとあるいみ自立でもあるから、それを見ていると

「あぁ。早く自分も定職について自立しなければな」とフリーターのまま現在まで引き延ばしている自分を

頭の中で改心しているけど、心の中のどこか隅っこでは少し寂しさを感じてる。

兄はめちゃくちゃ音楽オタクで一方的に話し始めると止まらず、自分自身あまり興味のない

洋楽の話をめちゃくちゃ語られると関心すら持とうとしない失礼な態度で聞いてたりもしてしまった時があったけど、

今日からもうしばらく会う機会が減るということを考えるとやっぱり寂しい。

自分と兄の兄弟は恐らく現代の一般の人が考えてる以上に仲が良いみたいで、(友人や周り世間を見てみる限り)

その所為か寂しい。二人で何度も飯に行ったり自分の好みに合わせて音楽を紹介してくれたり好きなゲームの話で盛り上がったり、分けのわからないテンションでフザケあったりしていた日常がなくなると思うと、寂しい。

今自分はフリーターでだらけた生活を送っていることもあってただでさえ人と関わりを持つ機会が減っていて、ソロ娯楽以外ではアルバイトと家くらいでしか感情動物らしい事ができる場がなかったのにそれが一つなくなってしまったと思うととても、悲しい。

ものすごく雑に言うと兄はうるさかったけど(家では人のこと言えてないけど)、日常にあるうるさかったり騒がしい物ってのは突然無くなるとその途端に寂しさというか切なさというか、尻の穴がきゅんと閉まる様な、突然便意がこみ上げるようなそんな感情になるものなんですね。(何が言いたいかわからなくなってきたのでこれはおいておきます)

といっても、兄が一人暮らしをして家からいなくなるのは二度目で、自分自身は既にこの状況を経験済みのはずなのに、なぜか心に深い傷を負った時並みに寂しさっていう大きな感情が自分の心の中で渦巻いていて、以前兄が独り立ちをした五年前(だったかな?)と比べても少なくとも今回の方が思っていることや感じていることは大きい。

それはなぜだと冷静に自分に問うてみたらたぶんだけど、

①以前兄が旅立つ前の時は自分自身も兄も今と比べてまだ精神的に子供であって、話す内容が今と比べて幅が狭かったというか、一度の会話で感じる感情の種類が少なかったり

だとか、そういう理由だったかもしれないし、

②今回の場合は、一人暮らしするまで一緒に生活している時間が短かったからで前回は逆にその時間が長すぎて感覚がマヒしていただけ

だからだとか、

③単純に五年程前よりも感受性が豊かになったから。(今は高校生活やバイトや就活失敗、手術等いろいろな経験をしたおかげで以前よりも思うことは多くなったりだとか、人間としての醜さが自分自身にもあるということ、自分を自分自身として意識している感覚が以前と違って今はあるというのを実感してます)

であったり、

④子供の頃はよく兄貴と喧嘩をすることが多く、正直兄に対する良い感情や印象はあまりなく、(まぁ今思い返せば自分自身の身勝手やこちらから先に手を出してたりするんだけど←手を出したところで図体も力ももちろん兄の方が数倍大きいので敵わない)その所為もあって家からいなくなることは全く悲しくもなかったからかもしれない。

このうちのどれかがきっと大きな理由ですね。全部かも。

やっぱり人間誰しも大人になると弁えというものを知っておとなしくなるし、無駄な喧嘩も起こさず、つまらないことで争ったりしなくなるからその分余計な感情が削り落とされて子供時代に比べて良い感情や記憶ばかりが脳に残るのかも。

 

今日、というか昨日に兄の引っ越しの最終段階を引っ越し先までついて行って手伝ってきて、あちらにいる最中は何も感じなかったけど帰ってきてみると寂しいもんですね。二月一日は我が家家族にとって大きな変化がもたらされた日になった気がします。(親が企業をするみたいでその手続きを本格的に(小声)etc...)さて自分も2月から就活に力を入れるとします。頼れるのは自分だけになったので。

まだ自分の文章力だけでは言い表せずあふれる感情や思いを完全に文章化しきれてませんが、これ以上長くなると同じようなことを言ってるだけになりそうなのでこの辺にします。(笑

以上!!!